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Fujita.m/エピソード6
エピソード6 番外編
プロ野球日本シリーズ、私は7歳から阪神ファンでファン歴43年 なんでこんな弱いのにファンになってしまったんだろうと悩んだ時期もありました。
1985年当時12歳、吉田監督のもと伝説のバックスクリーン3連発 バース・掛布・岡田(現在の監督)のクリーンアップでリーグ優勝、日本シリーズも強敵西武ライオンズを倒し日本一になりました。
小学生ながらテレビにかじりつき優勝の瞬間を見届けました。
その後優勝から遠ざかり、2003年 闘将 星野監督の強気なチーム改革と采配で18年ぶりリーグ優勝、日本シリーズは強敵ソフトバンクに残念ながら最終戦で負けてしまいました。
星野監督の電撃辞任で、岡田監督が誕生しました。2005年にリーグ優勝しましたが、この年も日本シリーズで負けてしまいました。それから18年、日本シリーズ優勝から38年の年月が流れ、岡田監督の再登板でリーグ優勝、そして本日BLOG作成している現時点では、オリックスと3勝3敗で今夜最終決戦が行われます。
阪神ファンとしては、そわそわしてできることは祈るのみです。
敵ながらオリックスもさすがに強いチーム、同じ関西球団でどちらも優勝させてあげたい。
でも勝負の世界はどちらかが勝者になります。阪神38年ぶり日本一を願いながら、歴史的な試合を関西両球団でぜひ繰り広げてほしいです。
故 星野仙一 元監督
2003年、リーグ優勝を決めた甲子園 広島戦に1塁ベンチ裏で観戦。
感動の赤星選手のサヨナラヒット。
そして星野監督の優勝後のインタビューでの第一声
「あ~しんどかった、この甲子園で、このタテジマで、みんなの前で優勝したかった」
いや~しびれましたよ。
星野監督はその後、楽天の監督もされ、東日本大震災後に2013年リーグ優勝、日本シリーズで宿敵ジャイアンツを破り、日本一の監督になられました。
その数年後、残念ながらお亡くなりになられました。
私があこがれるリーダーシップを発揮される闘将 星野監督。
楽天を優勝に導いた年、選手たちに「復興ボランティアではお前たちは優しさを届けてきた。今度お前たちがしなければいけないことは、東北に元気と勇気を届けることなんだ」と言い続けられたそうです。
ファンがあり、球団があり野球ができる感謝をリーダーとして常に表現されてきた監督だったと思います。
星野監督は、短気でベンチでは鬼の形相、エラーした選手を怒鳴りつけたり、ベンチの物を破壊してしまう怖い監督のイメージがありましたが、あまり表に出ていないエピソードがあります。選手の奥さんや球団裏方スタッフ、甲子園を整備する阪神園芸スタッフの誕生日を調べて、
誕生日に大きな花束とメッセージカード、「選手を支えてくれてありがとう」とそっと贈っていたそうです。
そんな星野監督が阪神監督を電撃退任した時に、次期監督は岡田しかないと指名したそうです。
その岡田監督が、今夜 日本一に挑戦されます姿を目に焼き付けたいとおもっています。
株式会社 吉住工務店
常務取締役 藤田瑞夫
追伸
阪神タイガース38年ぶりの日本一、おめでとうございます。
オリックスもさすがパリーグ3連覇中で本当に強かった。
関西球団でプロ野球を盛り上げられて本当に素敵なシーズンでした。
岡田監督の采配とベンチワークはビジネスにも大変参考になることが多くありました。岡田監督、ありがとうございました。そしてお疲れ様でした。